意識
自己の死を受容することができる基準
つまりこれができたら死んでもいい・という基準だね。
>>
1・自分の子孫を残すこと(自己の遺伝子の存続)
2・自分の仕事・活動が納得のいく形で評価されること(自己の功績の存続)
3・自分の霊魂が死後も何らかの形で残ること(自己の意識の存続)
4・自分の身体が死後も蘇生可能な形で残ること(自己の肉体の存続)
5・自分の人格が死後も何らかの形で残ること(自己の情報の存続)
6・自分という存在が幻想であるということに気付くこと(自己の無効化)
1は関係ない。そもそもこれは独身者にとって一種の差別と思うね。子供がいる俺たちはスバラシイそんざいなのだ。と。
2これもどうかな。今までの仕事を振り返ると自分の実力能力をあえて直視できなかった結果だとわかってきたし、今の仕事では評価などどうでもいいし
3関係ない。そもそも霊魂など信じてない
4腐ったゾンビにあこがれるのか?君は?理解不可能
5つまり「あの世」があるということか・大変だろそれは・・
6幻想ね。これはわからない。少なくとも意識と自己認識はあると感じている。と脳は思っている
なんだろうなこの基準は。。夢とかないのかな?最後に誰に会いたいとか。どこかに行きたいとか?私の基準とは完璧にずれてる。
これかいた人はキリスト教徒だろう、その翻訳だな。
意識のデジタル化?おそらく人類の夢の一つ。できるかどうかわからないが仮にできたとして、そのデジタル意識が今の自分の意識ではないとおもう。つまり意識のクローンみたいなものだから同じ遺伝子でも別人というのとおなじ。今これを書いてる私の意識はあるけどデジタル意識に変換された意識は今の私の意識ではない。双子の片割れが私ではないというのと同じだ。意識はやはりオリジナルしかなくてコピーはできないとおもう。
>>宗教があっても不安はなくならない
あたりまえのこと。
>>よく宗教は死に対する恐怖から生まれたという俗説があるが、来世や輪廻に疑いを持たない人々は、確かにあまり死ぬことに頓着していないように見える。
私は来世も輪廻も否定してるが死ぬことに頓着はない。そうだねSF的科学的考えが私の思想であり宗教みたいなものだ。
読む必要もない程度の内容だった
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