死後の意識

saiaku



手話ができるチンパンジーに「死」をきくと「遠いところに行く」と答えたという。
これが本当ならばチンパンジーは物体としての体と精神・心・の何か見えないものと区別して考えてる ということになる。肉体とは別の見えないものがどこかにいく と考えてるわけだ。心・精神という抽象的なものを理解しているというわけだ。


死ぬのが怖いという人がいる。意識が消えてしまうのが怖いと、これは理解できないな。
私は「死後の意識は無」と考えてて、それはここにも出てくるが寝てるとき意識はないよね?あんた毎晩寝るのが怖いのか?とおもう。
むしろ意識がある方が恐怖だろう。上の場合は意識が消えて数日後に戻った。という話だが
やはり臨死体験で、光を見る、だとかきれいな場所、花園の草原、広い川というのは結構不変のようだ。だがこれも文化的な背景が強いといえる。例えばイヌイットは花園をしってるだろうか?砂漠の民は大きな河をしってるだろうか?漂海民たちの天国のイメージは同じだろうか?ペンローズの脳みそ実験で弱電流を流すと臨死体験がおき、体から意識が離れるというのは証明されてる。同じことはドラッグでもおこる。つまり臨死体験は脳内物質と電流の結果であるのは間違いない。なぜそれが臨死の時に起きるのかはわからないけど、一説には肉体的苦痛から逃れるために最後の死の快楽ホルモンが出てるというのもあるかも。
ただ、おそらく個人個人でその効果が強かったり、過剰だったり、無かったりするのではないかと思う。つまり死の直前と死後は違う。臨死体験があろうがなかろうがそのあとは無。ではないかと。
でも、リンカーネーションはわからない。わからないが、前世の記憶を持つ人はみな自分がヒトであったという。イヌだったとか、ヒトデだったとか、マンボウの稚魚だったとか、ミジンコだったとかいう人はいない。なぜだろう?リンカーネーションがあるなら少なくともヒトはヒトに転生するのかもね。そうでないとつじつまが合わない。それだって、数十万年前初期のヒトの総数は今の人工の何十分の一もなかったから、これら余剰なヒトの魂はどこから出てきたのか?