障がいをアッピール

saiaku

私は健常者であって体も悪くないし、精神、知能とも普通(下)くらいだろう。だから障がい持ってる人の本当の気持ちは推測するしかないけど。昔から思ってたのは格好いい車椅子のデザインをしたい。だった。当時の車いすはいかにも医療の補助的なデザインだった。
全然違うがある時健康雑誌でアメリカの腰痛ベルトの写真とコメントを見た。当時だとやはり腰痛ベルトは医療の補助具れべるで白くて機能だけのものだったが、これはド派手なピンクででかでかとロゴが入ってる。コメントは「腰痛を見せる?アメリカでは腰痛もファッションの一つ?」だった。これが衝撃的だった。それまでそのようなものは恥ずかしいから隠すべきものだったから。ここからそういう医療補助具を格好いいデザインにしたい・という考えがでてきた。車椅子に話を戻ると健常者が「お前の車いす格好いいな。俺も少し乗せてくれよ」というようなものが私の理想だった。ここまできて初めて健常者と障碍者の差がなくなる。と考えてた。パラリンピックをみてると(家にはテレビは無いので主に訪問先で十分程度だが)レースにしてもバスケットにしても格好いい車椅子がもう普通だ。私の考えに時代が追いついた感がある。
ファッションを例にすると義手や義足も同様だ(あ、来週「しょうけい館」に義足展を見に行く予定)やはりそういうものは「恥ずかしいから隠すべき」ものだった。でもネットを見ると義足にきれいなデコレーションしたりしているのがある。義足も義手もファッションの時代 というわけだ。
海外では海賊キャプテンシルバーのコスプレで片足のない人が木の義足をつけている「私は義足をつけることができます」たしかに健常者にはできないコスプレだ。それからわざわざレトロな鉤義手を作って「フック船長」も。
アニメや漫画の影響も大きいだろう。眼帯少女はあくまでも障害ではないがその延長にあるかもしれない。
ただ精神や知能の場合は難しいな・・
今回は死の話題ではない。が、私の考えは数十年後かなり社会的に広まるという一例だ。
つまり返命も・・